クロガネ・ジェネシス

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第二章 ルーセリアフォレスト

 

湧き出る謎



「ん?」

 火乃木が眠りについてからどれくらい経った頃だろうか?

 俺は火乃木の隣で寝ていたわけだが、何故か目が覚めてしまった。

 今何時だろう? 懐中時計なんて気の利いたものを持っていない俺には今が何時なのかわからない。

 取り合えず空の色は夜中のそれより明るくなり始めているところを見ると、4時から5時といったところか?

 泣き疲れたせいか、火乃木は相変わらず寝息を立てて眠っている。ほとんど泣いてたもんな……昨日は。

「……ん!?」

 今何か聞こえた?

 なんだ? なんの音だ? 獣の鳴き声? いや違う。そんな感じじゃあなかった。

 何か途方もない大きな音がしたような気がしたんだが……。

 そう思った瞬間。

 ドン! っと何かが何かにぶつかるような音が聞こえた。

 いや聞こえたというより、地面が揺れたという感じ?

 一体何が……。

 考えても答えは出ない。このままここにいるのは危険な気がする。

 かといって火乃木の睡眠の邪魔はしたくないし……。

 どうする? 火乃木をこの場において自分だけで音の正体を探ってみるか?

 いや、無防備に寝ている火乃木を置いていくわけにはいかない。

 こりゃ寝てる場合じゃなくなったかもな……。

 と、その時。

 またもなにかの音が聞こえた。何かが何かに当たった音。そして、この音は木だろうか? 木が折れるような音が断続的に聞こえる。

 その音はすぐに収まり、夜の静寂が戻ってきた。

 こんなときでも火乃木は寝ている。いや、眠っている人間を起こすには不十分な音だったのかもしれない。

 なんにせよ、ただ寝ているというのは危険かもしれない。

 いつでも戦える体制を整えておかなければ。

 俺は無限投影で剣を生み出し、戦えるように構えたまま立っていることにした。



 それから二時間が経過した頃にはすっかり朝日が昇ってきていた。

 一体なんだったというのだろう? あの音は……。

「ん? ふぁあ〜〜ぁ」

 どうやら火乃木が目を覚ましたようだ。

「おはよう火乃木」

「あ、レイちゃん。おはよう」

 気のせいではなかったと思うが……。

「どうしたのレイちゃん? 険しい顔して」

「あ、いやなんでもない」

「そう?」

 とそのとき、

 ぐ〜と俺の腹の音がなった。

「腹減ったな……」

「そうだね……」

「まずは、朝飯の調達と行くか」

「うん! あ、そうだ」

 火乃木は自分の背中に敷いていた俺の上着を持ちながら言う。

「これ、ありがとね。ちゃんと洗って返すから」

「別に構わん」

「あ……」

 俺は火乃木が持ってた上着を取り上げて着る。

「持ちながら移動は大変だからな。寝るときにだけ言ってくれればいい」

「あ……うん、わかった……」

 さて……。とりあえずは。

「なあ、火乃木。魚と肉。どっちが食いたい?」

「え? そりゃあ……お肉が食べたいけど……」

「じゃあ、まずはイノシシ狩りでもするか」

「探せばいるかもしれないさ。なんなら狼でもいいさ」

「まあ、とりあえずは探さないとね。獲物を」

「そういうこった」

 俺と火乃木は森の中を歩き始めた。何をするにせよまずは食い物を探すことが最優先だ。

 昨日思ったことだがこの森は結構人が出入りしているようだ。その証拠というわけでもないが、ある程度の広さの道があり、明らかに人が手を加えたとしか思えない広場みたいなものがある。

 馬が通るくらいの道だったらいくらでもあり、基本的にはその道にそって俺達は歩いていく。

 今のところ獲物は見つからない。

 空腹を早いところ埋めたいところだが、獲物といってもそう簡単にめぐり合えるものではない。

 昨日のように魚でも釣るしかないか?

 けどアレ割とめんどくさいんだよな〜。

「なあ、火乃木、イノシシとか狼とかの匂いってわからないか?」

「それが……この森のなかってその手の動物が色んなところ行ったり来たりしているから、あっちこっちに匂いが分かれてて逆にわからないの」

「そうか、う〜む仕方ない。罠でも作ってみるか」

「どんな?」

「鉄檻の中に肉を吊るしてそれを食おうとしたら入り口が閉じるって言う古典的かつ強力な……」

「その鉄檻はどこから出すの? 無限投影で出すんだったら大きすぎると思うんだけど……」

「確かに……」

 イノシシ一頭閉じ込められるほどでかい奴なんて生み出しても維持には相当精神力と魔力がいるからな。

 う〜んどうしたもんか。

「あ、レイちゃん! あれ!」

「ん? どうした? 何かいい獲物でも……」

 俺が火乃木に言われるがまま目を向けた先にそれはいた。

 白目を剥いた大男と普通の体格の男が一人、こちらを睨んでいる。

 いや、睨んでいると言う表現は適切ではないかもしれない。何せ連中は白目を剥いているのだ。だが、男達の全身からは殺気が放たれていて、それがこちらに向けられているものだと言うのは嫌でも分かる。

 だがこの男達、どこかで見たことあるような……。

「ねえ、レイちゃん。この人たちって……」

 あ、思い出した!

 こいつらアーネスカと初めて会ったときに火乃木にちょっかい出してた悪漢達だ!

 だが、様子がおかしい。白目を剥いて殺気を放っているのはまあ言いとしてこいつ等この状況下で表情一つ変えず、一言もしゃべらない。

 あの時一発で倒したことを覚えているのなら俺の顔を見た瞬間に何かしら表情が変化してもおかしくはないはず。

「どうやらまた火乃木にちょっかい出したいらしいな」

「ど、どうしよう」

「下がってろ火乃木。二人くらいならわけないさ」

「う、うん……気をつけてね」

「ああ、一撃必蹴で仕留めてやるさ」

 俺は男達に向かって構える。

 前傾姿勢で走り、大男と一気に距離を詰める。

「おりゃああああ! 鉄《くろがね》流星脚!」

 叫びながら、俺は大男目の顔面目掛けて飛び蹴りを放つ。

 悪漢は一発で倒れ、俺は地面に華麗に着地する。

 そして、そのまま無防備に突っ立っている男の顎目掛けてハイキックをかました。

 顎《あご》への一撃は脳震盪《のうしんとう》を引き起こす。普通ならこれでKOだ。

 いとも簡単に悪漢達は倒れる。なんだ殺気だけか……? 対して力があるわけでもなく、蹴り一発で終わっちまった。

「お、終わったの?」

「あ、ああ……そうみたいだな……」

 釈然としない。あっけなさ過ぎる……。そう思った瞬間だった。

「ううううううううう……!!」

「!?」

 倒した男たちがうめき声を上げて立ち上がった。しかも手を使わず、物理法則を無視した動きで起き上がる。まるで操り人形かなにかのように。

「う、フガッ……ハッ……!」

 そう思いきや、二人の男は口の中に手を突っ込んで何かを吐き出そうとし始める。

「う、うえええええ……ボ、ボス……許し……」

 大男がそう言った直後、男の目と鼻から赤い液体が流れ出した。

 血ではない。赤い……スライムのような何かだ。それが男の目や鼻、いや体中の穴からにじみ出るように出てくる。

「あああああああああああああ!!」

 そして男の口から巨大な何かが姿を現した。

 それが何なのかをはっきり説明することは出来ない。

 薄紫色の……芋虫のような物体が男の口から生えている。

 き、気持ち悪い……。

 一体なんだってんだよ……これ?

 やがて男の口から生えていた薄紫色の虫はボトリと地面に落ちてその場でのた打ち回り、そして事切れたかのように動かなくなった。

 もう一人の男もまったく同じような状況になる。

 そして虫が動かなくなると同時に悪漢どもも動きを止めた。

「な、なんなんだろう……これ」

 俺の後ろで火乃木が怯える声をあげた。

 そりゃ怯えもするだろう。何の前触れもなくこんなもの見せられちゃあ……。

「それにしても……」

 俺は男の死体に近づく。本当に死んでいるかどうかはわからないが。

「レ、レイちゃん! 危ないよ! そんなのに近づいたら!」

「大丈夫だってそんなことより……これ」

「これ?」

「この赤いスライムみたいなやつ……似てると思わないか? あの時の化け物に……」

「え?」

 そう赤いスライムみたいな奴。

 あの時、エルマ神殿の侵入者として俺達が戦った『なにか』と色合いが似ている。

 だが、あの時……。

 俺は視線を男が吐き出した虫に向ける。

 こんな虫はいなかったはずだが……。

 その突如、聞き覚えのない野太い男の声が聞こえた。

「ふんっ……やはり魔力もない人間だとこうなるか」

「!?」

 俺と火乃木は声がしたほうを振り向いた。

 そこには黒いスーツを着て太った男と、そのすぐ後ろに同じく黒スーツを着た二人の男がいてその後ろには馬車がありいつでも動かせるようにしてある。

 ルーセリアにスーツの文化はなかったはず……。ってことはこいつらルーセリアの人間ではないな。

 太った男はパイプをくゆらせ、さっきまで生きていた男達に目を向ける。

「役立たずが……。私が直接手を下さねばならぬか……」

 男達の死体を一瞥《いちべつ》した太った男は懐から何かを取り出し俺に向けた。

 それは銃だ。

 軍事国家ストラグラムで開発された『見えない弾』を発射する兵器として、戦争の歴史を今後大きく塗り替えると言われている武器だ。

 今のところ銃の方が魔術より勝っているという記述は聞いたことはないが、見えないスピードで弾丸を発射する兵器なんて聞けば大抵は驚くものだ。

 でだ。なんでそんなものを俺に向けているわけだこの男は?

「お前だな……鉄零児《くろがねれいじ》と言う男は?」

 言いながらゆったりとした足取りで俺のほうへとやってくる。

「そうだけど?」

「貴様……シャロンに何をした?」

「シャロン?」

 なぜここでその名前が……。ひょっとしてこの男、シャロンの保護者?

「レイ……ちゃん……なに? この人たち?」

「俺もよくわからん」

 いきなり現れてシャロンに何をしたなんて聞かれたって答えようがない。

 シャロンと出会ったのは確か、魔術師ギルドの前でだったよな。

 そうそう、思い出した! 確か迷子だったからって一緒にルーセリアの城下町を歩いていたんだっけ?

 そんで公園でジュースをおごってあげて、口からジュースをこぼしたから、ハンカチでそれを拭いてあげたんだ。

 そのあと適当にぶらついてると、このおっさんの乗った馬車が現れて、そこでシャロンとお別れしたんだ。

 と、そこまで思い出したそのときだった。

 眼前まで迫っていた男の手に握られた銃が火を噴き、俺の髪の毛を穿《うが》った。

「……」

「何をしたのかと聞いている」

「……」

「レ、イ……ちゃん」

 火乃木の表情が恐怖に歪んでいるのが分かる。

 距離がある程度あいているおかげか、男の銃弾は俺の頭を直撃することはなかった。

 こいつ、銃を撃った経験はあるようだな……。まともに打ったことのない人間に髪の毛だけを撃つなんて芸当できるわけがない。

 話し合いが通じるとは思えんが……。

「俺は……シャロンに何もしていない」

「……本当か?」

 男は値踏みするかのような嫌らしい表情を浮かべる。俺を試しているかのようだ。気に食わない。

「こんな状況で嘘は言わない」

 俺は毅然《きぜん》と言い返す。

 銃弾の弾道は予想できてもそれを回避するだけの運動能力は流石に俺にはない。しかし、引き金を引くタイミングを見極めればあるいは……。

 そうあれこれ思案していたときだった。

「おじさま……」

 ……今度はなんだ?

 男の背後からまた誰かの声がした。

 だが、その声には聞き覚えがあった。

 シャロンだ。

 銀色の髪の毛、金色の瞳、絹のような白い肌に地味な黒いワンピース。

 そして140cmにも満たない身長。

 それは魔術師ギルドであった少女シャロンに間違いなかった。

「シャロン、馬車から降りるなと言っただろう」

 シャロンは男の言葉を無視してゆっくりとした足取りで男に近寄っていく。

「おじさま……れいじをころさないで」

「何?」

「れいじを……ころさないで」

「ぬっ……」

 この状況は一体なんだ?

 シャロンとこの男との関係は親子ってわけでもなさそうだが……。

 だが、一つだけわかったことがある。

 今のシャロンは俺と出会う以前と何かが違っているということ。具体的に何がどう違うのかは良く分からない。だからこそこの男は俺を追及しているのだ。

「おじさま……れいじを……」

 シャロンがその先を続けようとした瞬間、男はシャロンに平手打ちをかました。

『!?』

 火乃木は状況の変化についていけず呆然と立ち尽くしている。

 俺はというと年端もいかない少女に平気で手を上げることが出来るこの男に多少なりとも怒りを感じていた。

「お前が他人の命の心配をする必要などない! そんな感情は不要だ! 早く忘れろ!」

 おいおい……。何言ってんだコイツ?

 状況がまったく理解できない。

 シャロンとこの男の関係は恐らく保護者と子供だろう。だが血が繋がってるというわけでもなさそうだ。その証拠にシャロンは男のことをさっきからおじ様と呼んでいる。

 けど、今の台詞は一体どういう……。

「貴様と出会ってから……」

 男が俺を睨みつける。

「貴様と出会ってから、シャロンはずっとこの調子だ。貴様の名ばかりを口にし、余計な自我が目覚め始めている……」

 余計な……自我?

「貴様さえいなくなれば、そんな心配も杞憂になるのか……?」

 男は再び俺に銃口を向けて容赦なくその引き金を――

「だめ!」



   ……俺は絶句していた。

 男の凶弾で死んであの世に行っている最中というわけではない。

 目の前の光景が信じられなかったからだ。

 男は確かに何のためらいもなく撃った。銃声だって聞こえた。

 だが、その瞬間俺の目の前に白い閃光が煌《きらめ》いた。

 それが何だったのかは良く分からない。ただその閃光が銃と凶弾ごと消滅させてしまったことだけは確かだった。

 正確に言えば銃の先端がドロドロに溶けて使い物にならなくなっていた。

 これは一体……?

 俺は視線だけシャロンに向ける。

 シャロンは口から煙を吐いている。ってことはこれは……シャロンがやったのか!?

 シャロン……お前は一体……。

「シャロン……貴様……」

 男はゆっくりと俺から銃口を話し、シャロンを睨みつける。

 そのときだった。

 ドスンッ! と何か大きな音がした。

 この音……今朝の音に似ている。

 俺達はその場に凍りついた。巨大ななにかの音は、断続的に聞こえ、少しずつ遠ざかっていく。そしてそのうち聞こえなくなった。

「ノーヴァス様!」

 男の後ろに控えていたもう一人の黒スーツの男がさっきまで銃口を向けていた男に声をかけた。

 そうか、コイツノーヴァスって言うのか……。

「チッ……仕方ない……」

 忌々しげにそう吐き捨てると、ノーヴァスはシャロンをつれて馬車に戻っていった。

「た、助かった……?」

「みたいだが……」

 俺と火乃木はほっと息をつく。

 取り合えず俺と火乃木の共通の見解は、一体何がどうなっているのか分からないということだ。

 いや、火乃木よりは多少は状況を理解しているのかな? 俺は。

「なんだったんだろう……今の」

「……さあ、な」

 今俺の目の前で起こったこと。

 ノーヴァスとか言う男と、その部下と思しき男達。

 何のものか不明な巨大な音。

 そして、人間技とは到底思えないシャロンの力。

 この森……ただの森じゃないような気がしてきたぞ。

「ねえ、レイちゃん」

「ん?」

「あのシャロンとか言う女の子のことなんか知ってたみたいだったけど、知り合いだったの?」

「ああ、ちょっとな。ほら、エルマ神殿の以来を受ける前に少しだけ行方をくらませてたろ?」

「うん」

「そのときにどう見ても迷子とした言いようのない女の子がいたもんだから、保護者を探すために町に出ていたんだ。で、その時の女の子が……」

「シャロンちゃんだった。って言うこと?」

「ああ、そういう事」

「そうだったんだ。でもさ……あの子……人間じゃないよね?」

「それは俺にはわからない。ただ、人間離れした力を持ってるっていうことだけは確かかもしれないな」

 あの閃光……恐らくレーザーブレス。人間にそんなものを吐き出す力はない。

「この森には何かがあるな。少なくとも、ただの森ではなさそうだ」

「でも、どうするのレイちゃん。ボク達別に、森のいざこざを解決するために来たわけではないよ?」

「そうなんだけどな……。ただ、シャロンのことは気になる」

 ノーヴァスが言っていたことを考えるとシャロンにはまだ何か秘密がある。

 あの子をほったらかしにして、のんきに時間を潰していていいのだろうか?

「なんか……やな予感がする。確信はないけど」

「やな予感……か」

 ノーヴァスとシャロン。この二人とまた会うことはあるだろうか?

 そしてその時、俺はどういう行動をとるのだろうか?

 考えたって答えは出ないな。

「火乃木」

「ん?」

「取り合えず、今は飯のことを考えないか?」

 俺はそれ以上考えることをやめて話題を変えた。

「あ、うん……」

 どことなく不安げな表情を火乃木は浮かべる。

「うん。そうだね」

 若干表情がこわばったままだったが、火乃木はそう答えた。

 俺達は朝食を求め再び森の中を歩くことにした。

 シャロンとノーヴァスのことは気になるし、この森に何があるのかも気になる。

 今は何より食事だ。腹が減っては戦は出来んというからな。

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